妙音院了祥師の『興御書』についての講録
製本発注 | 2,000円 | 興御書批評 | 88頁 |
『興御書批判』について
国立国会図書館デジタルコレクションでは「興御書批評」にてヒットします (こちら)。全部で88頁の短い本です。この講録 (講義録) は『真宗体系』や『続真宗体系』等の本には収録されていません。この本でしか読めない了祥師の講義となっています。
この本は序によると了祥師が『選択集』の講義をするにあたって、元祖と宗祖の云われていることが異なって見えるけれども実は一致している事を念頭に、事前に漢語灯~安心決定鈔までを批判した中の一篇とのこと。この出版の時代(明治期)に「タスケタマヘ」についての議論があったことから特にこの一篇を活字にしたとありました。
『興御書』とは
『興御書』についてはWEB版新編浄土宗大辞典に説明がでてきます (こちら)。偽書の疑いがあって、妙音院了祥師はこの『興御書批評』にてそのことを述べられています。了祥師は本の冒頭からこの書が偽作であると断定しています。真偽不明であるとして講じた深励師の『興御書講義』(こちら) とは立ち位置がだいぶ違うなと思いました。
妙音院了祥師について
妙音院了祥師は香月院深励師の弟子になるかと思います。ただ途中で決別してお寺に戻っているので最後まで高倉学寮にいたひとではないようです。
了祥師でいちばん有名なのはおそらく『歎異抄聞記』ではないでしょうか (こちら) 。私たちはいま『歎異抄』を河和田の唯円房が書かれたモノとしていますが、この説をいちばん最初に言い出されたのが了祥師でその講録が『歎異抄聞記』です。『歎異抄』を研究される方ならば必ず一度は目を通す本ともいわれています。『歎異抄聞記』は『続真宗大系』第21巻 (別巻) に収録されています (こちら)。またその後に法蔵館から単独に本が出ていますので古書の流通が充実していて「日本の古本屋」でも常時何冊も登録されています (こちら)。
ちなみに了祥師の師である香月院深励師は『歎異鈔講林記』(『真宗大系』第6巻 ) にて『歎異抄』の作者については如信上人であるとされていましたが、了祥師が「それは違う」と師である深励師の説を否定されているところが凄いなと感じます。それだけ自信を持っての主張ということなのかなと。
どうしても師の言葉はそのまま受けとっていくことが多いです。それが内容や裏にある思想を理解しての上ならば大変素晴らしい相続なのですが、得てして表面的な「こうである」だけが受け継がれてしまうことがあります。学問の固定化とはそういう処から起こるのだと思われます。この了祥師の姿勢は大いに見習うべきところがあると感じます。
さてこの『興御書批評』でも『興御書』は法然聖人の作ではないとハッキリと言われています。親鸞聖人に関するモノと言い伝えられた『興御書』がどうして浄土宗の金戒光明寺にあるのか、そのあたりのことと元祖に似つかわしくない文面から後代の偽作であるとの論を進めています。
面白いのは『興御書』中にある「助け給へと思計」とある文について、「タスケタマヘ」が元祖にも宗祖にも他にないことをとっかかりにして元祖のモノではないと義を詰めているところでしょうか。全体の半分30頁くらいでこの書について真偽の話は済んで偽物と断定されて、後半はこの「タスケタマヘ」についての考察となっています。